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『エピソード2:ベリーダンスな二択』第7話

バツイチ37(batsu-ichi thirty-seven)
『エピソード2:ベリーダンスな二択』
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。



俺達が店に戻ってほどなく店内が暗転し、情熱的なオリエンタルな曲にのって二人の女性が登場した。
一人は白人。もう一人は日本人。
ふたりとも肉体的なふくよかさが魅力的で、エキゾチックなメイクが輝く衣装にとても映えている。
俺は思わずトシちゃんの顔を見た。

トシちゃん、どっちなの?どっちがピーチ姫なの?

しかし俺のそんな視線に気付くはずもなくトシちゃんはダンスを見ている。
美紀が横を向いてる俺に気付き耳元で小声で囁く。
「内田さん、すごくいいですよ。ちゃんと見ないと」
ですよね。そんな下心丸出しじゃクリエイターとして恥ずかしいですものね。
俺は美紀に軽く頷くと視線を彼女達に戻した。
そうして少し醒めた目で踊りを見ていた俺だったが、やがて彼女達の動きに目が釘付けになっていた。

なんなんだ、この波動は。この心に伝わってくるビートは。

非常に女性的な曲線を描く彼女達の肢体が宙に舞うベールに見え隠れする。
腰と肩がそれぞれ別の円運動を描き、崩れそうになるバランスを回転した腹筋が支える。
カスタネットを打ち鳴らす腕が上下に柔らかく、時には激しく妖艶に動き、曲調が激しくなるにつれ、各部位の動きは更にその速度を増し,徐々に踊りはエロスから昇華していく。
そこにあるのは、踊り手の想い、思想。
そしてその背景にある彼女達の人生経験が俺の心に熱く響く。
ハートが震える。

素晴らしい。本当に素晴らしい。
ベリーダンスとはここまで素晴らしいものだったのか。

踊る二人の動きが共鳴するように高まって行く。
店にいる客の全てがそれに魅入っていた。

やがて二人の女性は同時にエクスタシーに達し、その動きを完全に止め、俺達はようやく彼女達の魔法から解かれた。
「いやーすごいね。ちょっと感動した」
俺の言葉にみんなが頷く。
彼女達がバックルームにはけた後でも、まだその余韻が店に残っていた。

「俺もアヤちゃんがプロになってから初めてショー見たんだけど、これはかなりすごいね」
そう言うとトシちゃんは興奮気味にビールを一気に喉に流し込んだ。
「トシちゃんの友達って日本人の方ですかー」
当たり前ですよね。アヤちゃんて名前の白人がいたら逆に会ってみたいですよね。
でもよかったです、日本人の方で。
だって、スーハースーハーオウイエーじゃ感じないじゃないですか。
「そそ。ウッチーもなんか感じるものあったんじゃない?」
「それは表現者としてですか?男としてですか?」
「男としてって‥」
美紀がぼそっと呟き、呆れた目線を送ってくる。
「いやいや、両方、両方。俺はウッチーとアヤちゃんお似合いだと思うんだ、色んな意味でね」
「表現者は表現者を知るって言いますしね」
すかさず小川Pがうまい相槌を打つ。
「そそ。ショーもう一回あるからさ、それ終わったら彼女紹介するから、まぁウッチーも考えておいてよ」
「りょうかいー」

トシちゃんが席をたってトイレに向かう。
俺は空になったコップを美紀の前に持っていくが、美紀は気付かない振りをして小川Pと話し込んでいる。
いいもん、いいもん。僕さみしくなんかないもん。
俺はしょうがなく手酌でビールを注ぐと、壁にかかっているムシャの画にそっと乾杯した。

人生、辛いこといっぱいあるけどさ、こんなイイコトもたまにはあるんだよね。
真面目に生きてれば神様は絶対見ててくれてる。
『三十路の恋はプラトニック』って決めてたけど、アヤちゃんだったらもう守れそうもないよ、神様。
うん、絶対無理。
たぶん3秒で無理。
いいですよね?もう僕の禊は済みましたよね?

そんな俺に美人画の中のビーナスが微笑み、囁く。
「お前はここまで孤独によく耐えてきたよ。もうそろそろ自分を自由にしてあげなさい。」
俺は感謝の言葉を唱え、ビーナスの鎖骨に軽くキスをした。






つづく
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| 『episode2:ベリーダンスな二択』 | 17:09 | comments(1) | - | pookmark |

『エピソード2:ベリーダンスな二択』第8話

バツイチ37(batsu-ichi thirty-seven)
『エピソード2:ベリーダンスな二択』
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。



その時だ。
俺はどこからか舐めるような視線を感じた。
この違和感、さっきとは違う。
誰だ!?誰が俺を見てるんだ!?

美紀か?

俺はとっさに眼球を美紀の太ももに向かって動かす。
美紀は俺に完全に背中を向け無視モードに入っている。
トシちゃんがいなくなったスペースを埋め、もう完全に小川Pと二人の世界ぽい空気。

もしや、アヤちゃんか!?

今度はグランドピアノの向こうにあるバックルームの入り口に目を向ける。
しかし、そこに人影はない。
視線は更に俺に絡みつき俺に囁きかける。
「俺の死刑執行は一味違うぜ」
誰だ!お前は誰だ!俺を見てるのは誰だ!
焦る俺の耳には電気グルーブのあの名曲がこだまする。

(誰だ!別れた女にいつまでも未練を引きづってる奴は誰だ!)
(誰だ!風呂場でおしっこしてる奴は誰だ!)
(誰だ!かさぶた食べたことある奴は誰だ!)
(誰だ!自分の携帯で自分の○ンコを写す奴は誰だ!)
(誰だ!お前は誰だ!)
(誰だ!すね毛でありんこ作ってる奴は誰だ!)
(誰だ!俺は王様だと思ってる奴は誰だ!)
(誰だ!ナイーブなふりして女の母性本能をくすぐろうとしてる奴は誰だ!)
(誰だ!TSUTAYAのアダルトコーナーで30分も悩む奴は誰だ!)


誰だ!誰だ!一体俺は誰なんだー!?


その時また隣の肉付きのいい肩がぶつかった。
俺は不愉快な表情を浮かべ静かにゆっくりと丁寧に首を右に回す。


‥‥‥‥

‥‥‥



おまえかあああああああああああああああああああああああああああ



そう、俺は隣に座っているお局風OLと目が合ったままその場で硬直したんだ。
そして、その目は俺に再びこう語った。
「俺の死刑執行は一味違うぜ」

いやああああああああああああああああああああああああああああああ





つづく
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| 『episode2:ベリーダンスな二択』 | 19:29 | comments(3) | - | pookmark |

『エピソード2:ベリーダンスな二択』第9話

バツイチ37(batsu-ichi thirty-seven)
エピソード2:ベリーダンスな二択』
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。



この状況は一体なんなんだ。やべ、現実が直視できなくてまばたきが止まらねー。
俺は今夜、この新橋の豪華客船タイタニックでアヤちゃんと出逢う運命のはずだった。
one to oneのダンスをベリーするはずだった。
それがなぜか今、こまわり君に似たお局様と見つめあっている。
なぜだ、なぜなんだ!
誰か、誰かこの状況から俺をタスケテ・・・−−−・・・


・・・−−−・・・

まばたきのモールス信号。それはSOS。
俺は無意識下で誰にあてることもなくこの救援信号を発していた。
誰か気付いてくれ。

・・・−−−・・・(SOS)
・・・−−−・・・(SOS)

そんな俺を見つめて、こまわり君がきっちり等間隔で5回まばたきを繰り返す。
その表情はまるで猪木が弱った相手の周りをグルグル回りながらステップ踏むくらいの余裕を見せている。
なぜだ、なぜお前は笑うんだ!?
そして、なぜお前までまばたきをするんだ!?
俺はあまりの謎に思わず吸い込まれていた。
こまわり君のまばたきは尚も続く。

「・ ・ ・ ・ ・」

ハッ!

「・ ・ ・ ・ ・」

まさかソレは!?

「・ ・ ・ ・ ・」

ア・イ・シ・テ・ルのサインかーーーーーーーーーーーーーー!


ちゃんとキミに伝わってるかな?
僕はSOS信号を送っていた訳で、キミにアイシテルのサインを送っていたわけでは決してない訳で‥
キミと一緒に未来予想図を描くつもりはサラサラない訳で‥

恐怖と絶望のあまり完全にスパークした俺はクラクラしながら小川Pに視線を向けた。
すると小川Pは俺を見たまま笑っていた。悪者の目で笑っていた。
その横では美紀がいつの間にか上着を脱いでノースリーブから眩しい腕を晒している。
え?
どういうことですか?小川さん
俺は小川さんのアドバイスに従ってゴールドセイントになったというのに、なんで俺はこまわり君担当なんですか?
その時、俺の脳裏にさっきのトイレのシーンがフラッシュバックした。
俺が駄目押しの一吹きをした時、小川Pは今と同じ悪者の目を一瞬浮かべていた。
そう。一瞬だったが、確かに今の目を。
ハッ!
まさか、小川さん!まさか!!!

「シャー!はかったな、シャー!」
「ククク‥坊やだからさ」

二人の間で火花散る無言の会話。
その会話を打ち消すようにショーの第二幕を知らせる音楽が再び店内に流れ始めた。





つづく
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| 『episode2:ベリーダンスな二択』 | 18:04 | comments(0) | - | pookmark |

『エピソード2:ベリーダンスな二択』第10話

バツイチ37(batsu-ichi thirty-seven)
『エピソード2:ベリーダンスな二択』
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

10

20分後。
ショーが終わってアヤちゃんが俺たちの席に合流した。
軽く自己紹介を終えるとワインを開け、一気に場のペースが上がる。
アヤちゃんの肉感的な身体がこまわり君のアイシテルのサインを見事にブロックしてくれて、俺もようやく自分を取り戻した。

それにしても見事なおっぱい。
ムンっとむせかえる女の匂い。
あーこの人とone to oneのダンスを踊る運命だったのかと実感する。
(ア・イ・シ・テ・ル)
俺は彼女をやさしく見つめ、まばたきする。
キョトンとした顔で俺を見つめ返すアヤちゃん。まばたきする俺。
(ア・イ・シ・テ・ル)
キミの胸に届くといいな、このオモイ、このキモチ。
もう気分は完全に恋人です、はい。
男なんて3秒あれば恋はできるのです。

「内田さん‥‥」
アヤちゃんが少し身体を寄せてくる。
「なんだい?アヤちゃん」
俺も彼女の肉圧を感じるようそっと身体を傾ける。
二人の間にもはや距離はない。周囲の喧騒も気にならない。
僕の瞳の中にはキミがいて、キミの瞳には僕がいる。
キミのかわいい唇が僕の瞳の中で動き始める。
「ちょっと言いにくいんですけど‥」
僕には何が言いたいかもうわかってるよ。
(ア・イ・シ・テ・ル)
キミのまばたきが僕に教えてくれた。
勇気を持って言ってごらん。

「内田さんの離婚の理由って何なんですか?よければ聞きたいな」
「えっ?」

ソノシツモン、ヨソウガイデス

「うんうん」
「私も聞きたいですぅ」
「俺も俺も」
その場にいる全員が異口同音に俺の気持ちを考えない相槌をうち、回答を促す。
明らかに興味本位の目が俺に集まる。
人の不幸は蜜の味。
人間なんてどこまでいってもそんなもんだ。
俺はその視線の痛みに耐え切れずに口を開いた。

「え、えっとですね‥性の不一致ってヤツですよ」

普通の人ならこれ以上突っ込んで理由を聞いてこない。
みんなは知っているだろうか?
昨今の離婚理由において性の不一致が上位にあがってきている事を。
その理由はきっとここにある。
誰にも触れられたくないからね、心の傷は。
いちいち自分の心に向き合うのは疲れるんだ。
キミ達もいい大人なんだからこれ以上は突っ込まないよね?

しかし、場はまたしても予想外に盛り上がった。
「ウッチーそれ俺初耳だわ」
「それってセックスレスってヤツです?」
「奥さんにTバック強要したんじゃないんですぅ?」

「いやー、まーいいじゃないですか‥」
Tバック強要したって‥‥

少し苛立ちを覚えた俺はポケットから煙草を取り出すと火をつけた。
たゆたう煙が目の前の現実を曖昧にぼかしていく。
それを見てアヤちゃんが再び身を乗り出した。
「また質問なんですけど‥」
一瞬の躊躇が風となって煙を流す。

「セックスが終わった後、真っ先に水を飲みます?タバコを吸います?」

それを聞いた俺は、乾いた喉に煙を思いっきり吸い込んだんだ。




つづく
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| 『episode2:ベリーダンスな二択』 | 17:24 | comments(0) | - | pookmark |

『エピソード2:ベリーダンスな二択』第11話

バツイチ37(batsu-ichi thirty-seven)
『エピソード2:ベリーダンスな二択』
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

11

あれはもう10年前だろうか。
俺は全く同じ質問を大塚の空蝉橋近くの人妻サロンで訊かれた事があった。
あの頃、まだウブだった俺は人妻嬢に「タバコ」と答え、ダメ出しされたんだ。

「終わった後、タバコ吸うようなセックスじゃダメよ。身体が水分求めるくらい激しくないと」

けだるそうに彼女は紫煙を天井に噴き上げながら残念そうに俺を見ていた。
だから俺はその正解を知っている。
「水!」と即答すればいい。
だが、それで本当にいいのか?
本当の俺を理解してくれるパートナーでなくて本当にいいのか?

「俺は水かな」と小川P。
「俺も」とトシちゃん。
美紀は黙って俺を見ている。

「俺は‥‥」
口ごもる俺。
女の不満な心を描かせたら日本一の柴門ふみの名作、『非婚家族』を読んだことがあるだろうか?
その中で主人公の元嫁、ひかるがこう言ってる。
「女は35過ぎたら、性格よりエッチ優先なんだから」
俺は元嫁が家にたくさん残した柴門ふみの漫画を読みながら、この言葉に泣いた。
そしてなんか切なくなって悲しくなった。
目の前にいるアヤちゃんに元嫁の残像が重なった。

「俺はタバコだなー」
アヤちゃんの目に、あの時の人妻嬢と同じ色が浮かぶ。
出て行った元嫁と同じ色が浮かぶ。
そしてその奥から吉田栄作が姿を現す。
「ノーウォーターでフィニッシュです。本当にありがとうございました。」
いえいえ、こちらこそありがとうございました。
俺がダメ人間だということを今日あらためて気付かせていただきましたよ。
でも、俺は自分を裏切ることはできない。
そう、これからも、ずっと。

俺はタバコを手に取るとトイレに立った。
トイレに入ると、そこにある小さな窓を開けちっぽけな夜空を見上げる。
微かに風が流れ込み便座に座った俺をなぐさめてくれる。

吉牛でも食って帰るかな‥

くすぶる心にタバコが妙にうまかった。



その後どうなったかって?
そんな野暮なこときくなよ、アミーゴ。
『三十路の恋はプラトニック』
それが「バツイチ37」の掟なんだ。
ただ翌日、トシちゃんからのメールでアヤちゃんと小川Pができちゃったという報告を受けた事だけは教えておく。
美紀はどうやら風邪気味だったらしい。
おかゆ作りに来てとかいう訳わかんないメールが来てたから無視しといた。
まーそういう事で美紀の貞操は無事だったから、その点ご心配なく。
じゃ、また会う日まで。アディオス!


【エピソード2:ベリーダンスな二択 完】



勝手にエンディングテーマ曲 The Street Sliders - 風が強い日


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| 『episode2:ベリーダンスな二択』 | 05:16 | comments(4) | - | pookmark |

『エピソード3:わがままな涙とアップルパイ』第1話

バツイチ37(batsu-ichi thirty-seven)
『エピソード3:わがままな涙とアップルパイ』
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。



ニ年前の今日
君の横で僕は判を押した

ニ年前の今日
判を押した僕に君がキスをした

僕にはそのキスの意味がわからなかった

ただ僕の知っている君が笑っていたから 君の知っている僕も笑った
ただそれだけの時間

空っぽの僕がいた
空っぽの俺がいる

--------------------------------------------------------------------------------

天井を見上げてベッドに寝転んだ。
世間はゴールデンウィークとやらで浮かれているが、俺は家の大掃除の真っ最中だ。
小学生の頃はテストの前日になるとなんか無性に掃除したくなって、失くして見つからなかった消しゴムの欠片を見つけたりしたものだが、今回の大掃除は消しゴムどころじゃなく、失くして二度と戻らないモノと見つめあう結果となった。
そう、元嫁の残していった品々。
それが掃除をしている俺の心を徐々に蝕んでいき、いっこうにはかどらない。
柴門ふみの漫画。料理の本。3日で止めた家計簿。彼女が好きだったCD。エプロン。
二人で買いに行った服。きれいにたたまれたままの下着。靴下。ミュール。ブーツ。
はっきりいって、どれをどうしていいのか全くわからない。
捨てるしかないのはわかっているのだが、いざ捨てようとすると躊躇う俺がいる。

俺はまだ完全に吹っ切れてはいないみたいだ。
改めてそう思う。

洋服は孤児院に送る事にした。
昔、まだ彼女がいた頃、二人で着なくなった服を孤児院に送って非常に喜ばれた記憶があったからだ。
縮んだTシャツからスーツまで、孤児院の子たちはすごく喜んでくれたって手紙が来たんだっけ。
止まった時間に染まったそれらの服が、彼ら彼女らの手によってまた動き出すならばそれはそれで素晴らしい。
自己満だろうが俺はそう思った。

何してるかな?

恋しくて目を閉じる。
もうあの頃の二人はぼんやりとして見えない。
ただ切ない想いの残音だけ心に反響する。

二人でよく子供の名前を話してた。
子供ができたらなんて名前にするかって。
すごく幸せな時間だった。
未来を見据えた夢のある時間だった。

「私には憧れがある。それはアップルパイを作ること」

あの時、彼女は嬉しそうにやいばを見せてそう言うと笑った。
なんで?
俺が理由を訊くと彼女はこう答えた。

「家族の誰かが元気をなくしたり嫌なことがあったら、アップルパイを焼く。そして、皆で食べる。絶対元気になるはず」
「うんうん」
「そして、子供たちは大人になって思い出すの。アップルパイは、涙と笑顔の味って」
「いいなあ」
「いいよね。ほんとは作ったことないんだけど」
それを聞いて俺は笑った。
「簡単においしく作れる方法が知りたいな」
彼女も笑った。

閉じた目から涙がこぼれた。
涙の味しかしない液体が口に流れ込む。
時間も想いも二度と元には戻らない。

その時、携帯が鳴った。
滲んだ液晶に美紀の文字。
電話をとると美紀の元気な声が飛び込んできた。

「もしもし」
「もしもし、内田さんひどいじゃないですかぁ」
「え?」
「一昨日メール送ったのにぃ。返信ずっと待ってたんですよ」
「あ、ごめんごめん。企画とか掃除とか色々やっててさ」
俺は泣いてたのがばれないように涙をぬぐうとわざと元気な振りをした。
「掃除、終わりました?」
「まーまーかな。そっちこそ風邪もう治ったの?」
「少しは心配してくれてたんですか?」
「まーそりゃね」
「うそつきぃ」
「うそつきって、ひどいなー。で、何の用?」
俺は笑って言った。
空っぽの心にいつの間にか笑いが満たされていく。
過去の音が消え、今の音が聞こえてくる。
「今ですね、桜新町の駅の階段上がったとこにいるんですけどぉ」
「えっ?」
「内田さんの家わかんないから迎えに来てくださいっ」
「えっ?」
「え?じゃないですよ。早く迎えに来てくださいね、10分で」

そう言うと美紀は電話を切った。





つづく
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| 『episode3:わがままな涙とアップルパイ』 | 03:46 | comments(0) | - | pookmark |

『エピソード3:わがままな涙とアップルパイ』第2話

バツイチ37(batsu-ichi thirty-seven)
『エピソード3:わがままな涙とアップルパイ』
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サザエさん通りから駅前に出るとガードレールに美紀がちょこんと腰かけていた。
夕方の駅前。
車の流れや人の雑踏の中、一人空を見上げる美紀。
斜光を浴びて首から顎にかけてのラインが美しく浮かび上がる。

女の子って、こういう時何を考えてるのだろう。
何も考えてないと今まで思ってたけど、そうでもないらしい。

こないだ、NHKの『考える』って番組見た。
うちらの業界の超売れっ子でてたからね、箭内さん。
その中で、渋谷の公衆電話の前にぼけっと立ってた女の子が
「自分の将来に必要なものは何なのかな」って
その時考えていた事を話してるのを聞いて以来、俺は人とすれ違う度にこの事を考えてる。
いつもなら嫉妬からくる反発で素直にこういうの見れないんだけど、なぜか素直に見れたんだよね。
素直に見て、彼の凄いところをまざまざと見せ付けられた。
金にならないNHKだから箭内さんもある意味適当に「考える」って広告つくってたけど
最後に箭内さんが言った言葉。
「僕にとって考えることは、人に会うこと」
つきささったね、胸に。

考える 考える 自分のこと 来月のこと 君のこと〜♪

俺はゆっくりとした足取りで美紀に近づくと、その横に腰掛け空を見上げた。
吹き抜ける春のそよ風が美紀の香りを運ぶ。
そんな俺を美紀が振り返り、少し距離を置くように座り直す。
「内田さん、なんなんですか!?その恋人チックな登場はぁ」
「え?」
「ちょっと鳥肌たちましたよぉ、もぅ」
ちょっと、ちょっと。
センチメンタルジャーニーなバツイチ37歳に、いきなりそれはひどすぎますよ。特に今日は‥

「い、いやー、空を見上げてたからさ、なんか話しかけづらくてさー」
「ぇえ?」
「何か考えてるのかなーって」

視線の動き、方向で感情を表現する。
詳細は伊丹十三の父である映画監督、伊丹万作がその著書の演出論で熱く語っています。
だから、夕暮れに空を見上げる人は思い悩んでるものなのです。
君の心に今雨を降らせている雲の上にも,青空が広がっているものさ。
うんうん、僕にはわかるよ。
空を見上げる君の気持ちが‥‥

「空なんて私見てないですよ、私が見てたのはアレですよ」
美紀は不機嫌な口調で言うと投げやりに上を指をさした。
「アレ?」
「アレですよぉ」
「どれー?」
「もぅ、あそこの2階の窓際っ」

俺の視線は美紀の指の導線を追い、一組のカップルを捕らえた。
そこにはよくお似合いの美男美女。年のころは20代半ばくらいかな?
二人で仲睦まじく何かのパンフレットを覗き込んでいる。
結婚か旅行かわからないけど、とても楽しそうだ。

「あぁ、もう最悪ぅ」
「え?お似合いじゃない?あのカップル」
「そういう問題じゃなくて最悪なんですよ」

俺は上を睨みつけている美紀を見た。
「あの男の方―――」
一瞬動きが止まる美紀の唇。生まれる間。
もしかして、あの男の子は彼氏?それとも元彼?

「親友の彼氏なんですけど―――」
「ほー」
「アレ、どう見ても浮気ですよねぇ」
ですねー。そう言われるとそうですね。
でも浮気か本気かは彼しかわからないですが。
もしかしたら妹かもしれないし‥

「どうしよう、内田さん」
「え?」
「知らせた方がいいかな?黙ってた方がいいかな?」
「うーん、難しいなー」

俺と美紀は二人してそのカップルを見上げながら答えの出ない問題を考えたんだ。
「僕にとって考えることは、人に会うこと」
気が付くと、山の手の夕暮れに風とロックが流れていた。


つづく
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| 『episode3:わがままな涙とアップルパイ』 | 00:13 | comments(1) | - | pookmark |

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