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『エピソード1:レースクイーンに花束を』第1話

バツイチ37(batsu-ichi thirty-seven)
『エピソード1:レースクイーンに花束を』
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

1

君と話す時 僕は少し元気になる
それは その一瞬の真実
別に虚勢をはってる訳でもない
ただ 少し 元気になるだけ

君の声が聴きたくて 僕は君に電話をかける
君の声が聴きたくて 僕は君からの電話を待つ

君と話す時 僕は少し元気なふりをする
それは 一瞬の自己暗示
君が去って行くのを感じるから
ただ 少しだけ 元気なふりをする

君の声が聴きたい。

--------------------------------------------------------------------------------

「もう内田さん、さっきからなにニヤついてるんですか?きもいんですけど、もぅ」

隣に座っている坂本美紀のこの一言で俺はハッと我に返った。
自分では無意識だったが、どうやら携帯のメールを見ながら俺はニヤニヤしていたらしい。
なぜかって?
それは最近お気に入りのレースクイーンパブの美鈴ちゃんからメールが来てたからだ。
男だったら多少は心が弾むってもんだろう。
俺は即座に携帯を閉じると威厳をもった表情を作る。
「いやいや、気のせいだって。今、俺仕事に熱中してるし」
「ふーん、まー別にどうでもいいんですけど早目にコンテアップお願いしますね」
「あいあい、あっ坂本さんコーヒーいいかな?」
適当に小言を流してデスクに向かってコンテ描きをするふりを始めた俺に呆れた顔を浮かべながら美紀は席をたった。
言い方はキツイがいい子じゃないか、坂本くん。
俺は遠ざかるヒールの音を耳で確認するとまたゆっくりと携帯を開けたんだ。

ほら、写メの美鈴ちゃんも俺を見て微笑んでるよ‥‥‥
あーそんなに胸の谷間を強調しちゃって‥‥‥

―――今日来てくれたらアフターokかも?(ハート

この最後の一文の深みといったら‥‥‥
この最後のハートマークの先に広がる夢と希望といったら‥‥‥
あんなこといいなっ♪出来たらいいなっ♪って知らず知らずに妄想の渦が広がるってもんだ。
見える。俺には見えるぞ。
推定Eカップのその谷間に指を差し込む俺の姿が見える。
紀信ばりに「いいよー、美鈴ちゃんいいよー」って言ってる姿が見える。
「内田さん、それ以上はお店じゃダメぇ‥」
ですよね。だからアフターがあるのですよね、わかります。

「へー、内田さんも巨乳好きなんですかぁ、ふぅーん」
気づくと美紀がコーヒー片手に俺の携帯を覗きこんでいる。
「そういえば内田さんの元奥さんも巨乳系でしたよね?」
でしたね。そういえばそうでしたね。
でもそこはあまり触れられたくない過去でして‥‥
っていうか、君、俺の元嫁見た事あったっけ?
つうか、俺のコーヒーは?

「男ってほんとわかってないよなぁ」
そうつぶやくと美紀は自分のデスクに座った。
わかってないのは君の方だよ、明智くん。
25歳なんてまだまだ若いからしょうがないが、おっぱいは男のロマン。Tバックこそ男の夢。レースクイーンは少年の永遠の憧れなのだよ。
偉い人にはそれがわからんのです。
つうか、俺のコーヒーは?

「は?‥‥コーヒーなら歩いて10歩圏内にありますが?ご自分でどうぞっ」

‥‥‥ですよね。

別に飲みたくもなかったが口に出した手前しょうがなくコーヒーをいれるべく俺は立ち上がった。
もちろん、ポケットにはいっぱいの夢をつめこんで‥‥

報告、連絡、相談。いわゆる「ホウレンソウ」は社会人の第一歩。
可及的速やかな対応が日々求められているのがジャパニーズビジネスマンなのである。
今回の案件も例外ではない。
迅速な応対をしなければアフター権利が他者に移行してしまう危険性がある。
常に競合他者の存在は忘れてはいけない。
俺は音を立てないように細心の注意を払って携帯を開いた。
慣れた手つきでメールフォルダーを開くとそこには美鈴ちゃんの笑顔と谷間が。
思わず口元が緩むがデスクの方から漏れてくる威圧感もこれまた油断ならない。
俺は女子高生ばりの指テクで携帯に文字を打ち込む。
5秒。

―――仕事の為22時頃伺います。アフター楽しみにしていますね。

送信。
ミッションコンプリート。
グッジョブ!俺!

そうそう、言い遅れたが俺の名前は内田直樹。
通称「バツイチ37」と呼ばれる、しがないCMディレクターだ。
座右の銘「神が人間に与えた最大の武器は想像力」を信じてここまで来ちまったちょっとチャーミングな37歳。
夢は愛のある家庭を築く事で、好きなタイプは細かく言うと「元気でひっぱってくれる人」か「静かで甘える人」が良いです。
でも結婚はもう結構です。





つづく
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JUGEMテーマ:恋愛小説


| 『episode1:レースクイーンに花束を』 | 14:23 | comments(13) | - | pookmark |

>『エピソード1:レースクイーンに花束を』第2話

バツイチ37(batsu-ichi thirty-seven)
『エピソード1:レースクイーンに花束を』
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

2

コーヒーを持って席に戻った俺を待っていたのは美紀の白い目だった。
「コーヒーいれるのにずいぶんとお時間かかるのですね?」
しばしの沈黙。お見通し感たっぷり。
こういう沈黙に男って弱いよね。
でも負けてはいられない。反抗期の少年のように俺も言い返す。
「え?」
「え?じゃないですよ。21時までに先方にコンテとプロットを送らなきゃいけないんですから‥ほらっもう18時ですよ、18時っ」
思えば3年前は新卒で初々しかった彼女がどこでどう間違えてこうなってしまったのか?
やはり新人教育や研修って奴はどの業界でも必要不可欠だ。
早速明日にでも客室乗務員研修ビデオを入手して美紀のファイルに送っておこう。
俺は小学校で女教師に叱られる男の子のごとく立ちつくしたままこんな事を考えていた。

足を組みかえる美紀。
スレンダーで美しい足のラインが膝丈のタイトスカートから伸びている。
今日は生足ですね、先生。素敵です。

「ちょっと内田さん、たまには真剣に話聞いてくださいね」
そして「もぅ」と軽くふくれると美紀はクルッと椅子の向きを変えた。

実際のとこコンテ作業って映像制作過程の中で一番楽しいのだが、一番地味で、一番飽きやすくて、一番遊びたくなっちゃう時間の一つだ。
人によってやり方は異なるだろうが、俺の場合、1シーン全てのカットが頭に浮かばないと描き出せない。
具体的に言うと、トップカットは状況を説明する実景を持ってくるか、はたまたインパクトのある画でフックにするか。
ここはインサートカットで心情や時間を抽象的に表現しようとか、あの演者はドアップキツイからここはバストショットにしておこうとか。
あの女優たしかアゴのライン出すのNGだからここで風を感じるのは止めておくか、などなど。
これらを1シーン分まるまる頭の中で整理して繋げて初めてペンが動くタイプなのだ。
だから通常の人よりコンテ作業が3倍くらい時間がかかる。
市川準みたく○と点線だけのコンテなら楽なんだろうけど、それは俺の美意識、いや美学が許さない。

内田の美学
コンテに愛のない映像に人は恋をしない。


NHKの『プロフェッショナル』風に言うとこんな感じ。
ちょっとまって。
今、俺すごくいいこと言った。
今度飲み会で、いやいや、今晩さっそく美鈴ちゃんに聞かせよう。

そう思うとペンが走るこの世界七不思議。
プロットの上に俺の頭の中で紡がれていた画が一斉に姿を現す。
この瞬間が一番俺が神に近づく瞬間である。
女性の出産に似ているもしれない。
無から有を産み出す苦しみ似た、そんな感覚。
そして神になった俺を遮る物は最早存在しない。
脳内に溜められていた様々な思考やアイデアが鮮やかに指先に伝達されていく。
この感覚もイイネ、いっちゃうね。
俺は一心不乱にコンテを描き続ける。
こんな俺の熱気を感じて、きっと隣で小言を言ってた美紀も後悔してるに違いない。

(内田さん、遊んでた訳じゃなかったのね‥‥‥ちょっと言い過ぎちゃったかなぁ)

美紀をチラミするとそんな殊勝な表情を浮かべている‥‥感じがする。
先生!今頃反省してももう遅いですよ。
僕はやれば出来る子なんです。





つづく
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| 『episode1:レースクイーンに花束を』 | 14:28 | comments(0) | - | pookmark |

『エピソード1:レースクイーンに花束を』第3話

バツイチ37(batsu-ichi thirty-seven)
『エピソード1:レースクイーンに花束を』
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。



「できたー」
コンテ作業と格闘すること2時間半。
全神経の完全なる開放を味わいながら俺は声を上げた。
ある意味「いくー」的な恍惚の声。決して「いっちゃう」ではない。「いくー」の方。

「お疲れ様でしたぁ。内田さんの好きなタリーズ買っておきましたよぉ」
そう言うと美紀は俺の大好物であるタリーズのモカをデスクに置き、出来たてホヤホヤのコンテをつまみあげた。
坂本くん、なかなか気が利くじゃないか?
さっきの俺に対する失言の数々見逃してしんぜよう。
俺はモカの香りを鼻腔いっぱいに楽しみながら彼女のコンテへの評価を待った。

美紀はふんふん頷きながらコンテを読んでいる。
こういう女性の真剣な顔って嫌いじゃない。
つうかむしろ好きかも。特に耳が。‥‥キレイです。
なんて美紀の細い首すじを見ながらタリーズで一服するこの瞬間が好きなんだよね。
まさに俺の至福の時。パラダイスタイム。

「いいコンテじゃないですか。特にここのローアングルの円形ドーリーがいいですね」
あーそれ、愛と青春の旅立ちからパク‥‥いやインスパイア受けたんだよね。
「ここも好きだなぁ、女の子ならこのカット絶対キュンってしますよ」
でしょでしょ。そこは内緒だけどコーエン兄弟から‥
「このカットは前に作ったアレに似てますねぇ」
ええええ?なんでわかっちゃうの?
いいえ、絶対パクリなんかじゃないです。
才能の枯渇でもないんです。
見たことの無い映像なんて広告代理店の妄想なんです。見たことのない映像なんて誰も見たことない訳で‥‥
いいえ、嘘です、すいません。
これ全部、俺の脳内で産み出された映像なんです。信じてください。

俺はテストの採点結果を待つ神妙な小学生を演じる。先生どうでしょうか?
そんな俺に彼女は天使の笑顔をみせる。
「20時半過ぎですか‥まぁ時間も間に合ったし、早速取り込んでおくっちゃいますね」
そう言うと美紀はマックに顔を向け作業にはいった。
やっと笑ってくれたよ、先生!

こうなると俺もちょっと余裕がでてちょっとは言い返す元気が出てくる。さっきの仕返しだ。
「まープロなら時間厳守は当たり前だよね、常識常識」
そんな俺に「はいはい」って視線を送ってくる美紀。
その視線やめれ。
っていうか社会人として時間厳守は当たり前ですぜ、つうか「5分前行動厳守」です、先生!
だって昔、D通のCP部の人と合コンした時、集合時間ジャストに集合場所についたら誰も居なくてちょっとキレて電話したら
「内田くん、社会人なら5分前行動厳守でしょ」
って逆に説教くらって、それ以来俺はそれを「信用取引には手をだすな」って家訓と同じ位守ってるんだから。
あの時はベルファーレ横の和食屋だったから迷わず行けたけど、いい女の横の席はガッチリ取られてて涙目だったんだよな。
俺を遅刻常習犯だと思ってる人も多いが、それは間違っている。
俺は絶対遊びの時は遅刻しないのだ。

ウィーン。ウィーン。
スキャナーの音がする。
同時に美紀のマックを叩く指先の旋律が狭い室内に響く。
俺はそんな彼女の作業をタリーズを飲みながらぼんやりと眺めていた。

送信終わるまでが仕事です。ですよね?先生。

そんな俺の視線を感じてか、美紀の耳の後ろがほのかに上気して赤くなっている。
その時だ。
「内田さん、おなかすきません?」
顔をモニターに向けたまま美紀が聞いてきた。
君は人と話す時は相手の目を見て話しなさいって学校で教わらなかったのかな?
「そう言えば、おなかすいたねー」ちょっとイラつきながら返事する。
「なんかパスタが食べたいなぁ」
あっこっち向いた。人としてそれは大事なことですよ。
でも、パスタが食べたいって‥‥俺とですか?
今日は無理ですよ、先約有りですよ。
だって俺には社会人として行かなければならない指名、いや使命があるのです。
22時。時間厳守なのです、先生。

「これ終わったら食べにいきません?」
「え、あ、いや‥これからちょっと人と会う約束があってね」
悔しいながらちょっとドギマギしてしまった俺。
空気が変わる。
「へぇ。カワイイ後輩よりお店の女の子の方が大事ってわけですかぁ」
美紀はまたモニターに顔を向ける。

え?
なんで美鈴ちゃんの店に行くのばれてるのさ。
つうか何で俺、今いいわけしようとしてるわけ?
ここは男なら堂々とスルーでしょ。
でもちょっと待てよ、俺‥‥
こういう時の沈黙って暗に「イエス」って言ってるようなもんだろ。
それに空腹は人間を凶暴化する。この状況は極めて危険だと脳内センサーが告げてくる。
ここは例え銀でも雄弁で攻めるべきポイント。
だそうです。

「いやいや、そうじゃなくてさー」
「はいはい、送信完了。じゃぁ内田さん消燈とロックお願いしますね。お先ですぅ。」
俺の言葉を遮るように一気にまくしたてると美紀は既に扉に向かっていた。
その変わり身の速さ、お見事です、先生。
俺も離婚した時、そのショックをその位のスピードで右から左へ受け流したかったです。

でも神様!どうか彼女に「はい」は一回で良いと教えてあげてください。
「はい」は一回で良いと‥‥

俺は扉の向こうに消え行く彼女のセクシーな後ろ姿に無意識に手を合わせ、そう神に祈った。







つづく
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| 『episode1:レースクイーンに花束を』 | 14:34 | comments(0) | - | pookmark |

『エピソード1:レースクイーンに花束を』第4話

バツイチ37(batsu-ichi thirty-seven)
『エピソード1:レースクイーンに花束を』
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。




時刻は21時を少し回ったばかり。
俺は一人、オフィスで考え事をはじめた。
今晩の最重要案件である美鈴ちゃんとのアフター。
これを無事成功に導くには何かが足りない。そう絶対的な何かが足りないんだ。
愛じゃないかって?
馬鹿いっちゃいけないぜ。
愛なんて幻想を夢見るほど俺は少女じゃない。
そもそも精神の一体感なんて肉体的な一体感の後に付いてくるかもしれない、そう、しれないって位のモノでしかない。
そして男と女の愛なんて些細な事で消えてなくなるって俺は離婚を通じて学んだんだ。慰謝料払ってね‥‥800万もね‥
じゃ、何が足りないんだろう?
思考の螺旋階段を俺は一人で駆け上がっていく。

そうだ!ヒラメイタ!
サプライズですよ、旦那!

女ってサプライズが好きって言うじゃないですか?
敬愛するモトハル・サノもかつて車のトランクにバラの花をいっぱい詰め込んで彼女にサプライズプレゼントしたって言ってたしね。
きっとその彼女はモトハルの車が来るまで闇にくるまっていたんでしょうね。
オー!アンジェリーナ
君はバレリーナって奴です。
そんな放置プレーの後にプレゼント貰って優しくされたらそりゃー誰でもサプライズですよね。惚れちゃいますよね。
モトハル・サノ恐るべし。名前がSMの人はやることが違います。

という事で、俺も美紀がいなくなって静かになった事務所で今夜のサプライズ準備に入ることにした。
「もしもし?内田演出事務所ですけどーどもどもー」
俺は深夜営業やってる近所の花屋、竹ちゃんに電話をかけた。
どうでもいい話なんですが映像業界って花が好きなんですよ。
映画はそうでもないけど、CFとかだと控え室に花束絶対必須です。ないとマジ激怒されます。
控え室に必須といえばタレント毎に色々あるんだけど、例えばある有名女優の控え室の雑誌はすごいです。
なにが凄いかって言うと、その女優の旦那さんの元彼女(これも女優なんだけど)が写ってるページは絶対NGなんですよ。
えー。AD君やPM君たちは控え室の雑誌全ページチェックして不適切案件の除去作業をするのです。
他にもコーヒーはどんなに朝早くてもスタバしか飲まないとか、まー色々あるわけですが‥‥
まさにこんな業界じゃ〜ポイズン♪健全な人間にはなりにくいようです。
「どもどもー内田さん、こんな時間にどうしました?」
「いやー今からバラ50本くらいで花束つくってもらいたいなって」
「50本はないけど、適当につくちゃっていいかな?」
「OK、OK。竹ちゃんのセンスに任せるわ」
「あいよー。じゃ、20分後にそっちいくわ」

よしっ、これで美鈴ちゃん花束サプライズ作戦準備はオッケーと。
俺は冷えたタリーズを飲みながら今度は誰にも気兼ねせず携帯を開けた。
美鈴ちゃんの笑顔と谷間が再び俺を出迎える。

また会えたね、美鈴ちゃん。
もうすぐ君に会いに行くよ。
そして店の入り口に出迎えに来てくれた君に俺は大きなバラの花束を渡すんだ。
「はい、美鈴ちゃん。これプレゼント」
腕を組んできた君は俺の腕に柔らかいおっぱいを押し付けてこう言うだろう。
「すごいすごい、まじビックリだよぉ」
「でしょ?」
俺はリチャード・ギア気分で君に微笑むんだ。
「わぁー内田さんバラちょーきれい、美鈴うれしぃーっ」
「美鈴ちゃんなら花束いっぱい貰ってるでしょ?」
「でも美鈴、こんな大きいのはじめてだもん」
え!?
美鈴ちゃん!!
もう一回同じセリフを言って!
「美鈴‥‥こんな大きいのはじめてだもん‥‥」
あ‥‥美鈴ちゃん‥‥
そんなこと言っちゃダメ‥‥まだ‥‥





つづく
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| 『episode1:レースクイーンに花束を』 | 07:44 | comments(0) | - | pookmark |

『エピソード1:レースクイーンに花束を』第5話

バツイチ37(batsu-ichi thirty-seven)
『エピソード1:レースクイーンに花束を』
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません




その時だ。
俺の至高のシャドウトークにノーサイドの笛が鳴らされた。

ピンポーン♪

まさに脳内トライ寸前だったのに‥‥
俺はちょっと不機嫌に立ち上がるとインターホンをとった。
「はいー」
「あ、花屋の竹ちゃんです。花束お届けに参りました」
「はいはい、今開けるから上がってきてね」

ドアを開けると竹ちゃんが入ってきて、でっかい花束を応接テーブルに置いた。
その花束のでかいことでかいこと。バラ100本位あんじゃね?
俺、確か50本位でって発注したような‥‥
つうか、これ何キロ?

「竹ちゃん、これでっかすぎない?」
「いやいや、内田さん。これくらいあったほうが絶対カッコイイですって」
「そうかなー?‥‥バラも多くない、これ?」
「ええ、花屋仲間に電話してざっと120本くらい揃えちゃいました」
「揃えちゃいましたって‥」
俺は生まれて初めて見る100本以上のバラの束にちょっと圧倒されていた。
ていうか、これ‥普通の人だったら普通に引いちゃいません?
俺は一般人だから引きましたよ。
だって、これ持って道歩くの恥ずかしいし。
もし俺がそんな人見かけたら指差して笑うね。うん、間違いなく。
「見て、見てぇ。あの人ちょーバラもってるんですけどぉ」
「オヤジ、くく、ウケル」
あー女子高生も笑いますよ。そうですよ。

「いやーでも内田さんって優しいっスよね」
大量のバラを前に固まってる俺を見てやばいと思ったのか竹ちゃんがすかさずフォロー入れてくる。
そんな優しさいらないです。俺、別に優しくなんかないし。
ていうか、返品ダメ出しの恐怖は自分で処理しましょうよ、竹ちゃん。
「いやいや、ウチのボスが感心してましたよ。きょうび誕生日にこんだけ豪勢な花束贈るなんて内田さんやるなって」


え?



ええ!?誕生日って何のことですか?
竹ちゃん、そのフォローまじ意味不明なんですけど。
これは美鈴ちゃんの魅惑の谷間に一本一本丁寧に活けようと思ってたわけで‥
それが今日の僕のある意味ゴールであるわけで‥
でもある意味、この花束は「美鈴‥‥こんな大きいのはじめてだもん‥‥」に繋がる正解ぽいわけで‥

「じゃ、代金はいつものように請求書で」
そう言って逃げるように立ち去ろうとする竹ちゃんを俺は呼び止めた。
「ちょっとちょっと。竹ちゃん、誕生日って‥‥誰の?」
「またまたー。美紀さん、下で待ってましたよ。あ、安心してくださいね。花束は見られてないと思うので、じゃっ」
すばやく会釈すると竹ちゃんはドアの向こうに消えた。
くっ、逃げやがった。
っていうか、花束見られてるとか見られてないとかそういう問題じゃなくてですね
つうか‥‥



え!?




ええええ!?まじですか?




俺は頭がどうにかなりそうだった‥‥催眠術だとか超スピードだとか、
そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。
完全にクラッシュして固まったんだ。

慌てるな、俺。お前ならこの状況に的確な判断が下せるはず。
おまえの職業はなんだ?恥ずかしがらずに声に出して言ってみろ。
「映像作家です、またの名を演出家ともいいます」
そうだ、お前は現場では監督って呼ばれてるんだろ?
オーガスタの風並に刻一刻と変化する現場の流れを即座に読みきって判断し現場を動かしていくのも重要なジョブスキルの一つのはずだ。
思考の停止は即現場の遅れにつながる。現場の遅れは予算オーバーの赤信号。
予算オーバーの責任をお前はそのやっこい背中で背負えるのか?
止まるな。動き続けるんだ。
そう自分に言い聞かせると俺は改めて現状の確認作業にはいった。

○状況確認
まず22時に俺は美鈴ちゃんの店「シャイナ」に行かなければならない。
そしてその後はムフフなアフターに突入しなければならない。
しかし美紀は今日誕生日だった。しかも退社して30分経つのにまだ下で待っている。
目的は不明だがおそらくタダ飯?「なんかパスタが食べたいなぁ」って言ってたしな。
この花束は請求書処理にされた為、後日美紀に発覚して怒られるのは間違いない。
そしてここからが最重要比較事項。
美鈴ちゃん推定Eカップ。美紀推定Aカップ。
美鈴ちゃんアフターあり。美紀アフター無し。

(計算中‥‥計算中‥‥)

○結論。
美鈴ちゃんとの楽しいアフター>>>>>(超えられない壁)>>>>>美紀の誕生日パスタ

俺の前立腺センサーは即座に正解を導き出したのだった。
よし。ここまでは間違いない。
嫁が夜逃げ同然でいなくなってから3年。
俺の修羅場回避スキルもようやくここまで戻ってきたって訳だ。
かつてIWGPヘビー級チャンピオン、ハルク・ホーガンが言ったといわれる言葉がある。
「男とは、歩く睾丸である」
俺は今一度この言葉を胸に刻み込むと大きく深呼吸した。
後は、このどでかいバラの花束を抱えていかに国境警備兵が巡回しているベルリンの壁を突破するかだ。
メタルギアソリッドで「フロッグ」の称号を得た俺のスネーク魂に火がつく。
しかし、ダンボールをかぶってこの青山の雑居ビルを脱出する訳にもいかない。
どうする?俺
どうすんのよー







つづく
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| 『episode1:レースクイーンに花束を』 | 14:43 | comments(0) | - | pookmark |

『エピソード1:レースクイーンに花束を』第6話

バツイチ37(batsu-ichi thirty-seven)
『エピソード1:レースクイーンに花束を』
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません




絶対、美紀に見つかってはならない。
見つかったら最後、美鈴ちゃんとのアフターの夢は消えてなくなる。
俺はとりあえず花束を事務所に置いたまま、まずは美紀の様子を視認することにした。
「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」
孫子の兵法はビジネスの現場でこそ活きるのである。
俺は足音を忍ばせて階段を降りると柱の影から外の様子を伺った。

4月初旬。桜はもう散ってしまったといってもまだ夜は肌寒い。
このオンボロ雑居ビルの玄関ロビーに自動ドアなんてあるはずもなく、冷たい夜風が容赦なく吹き込んでくる。
そんな中、美紀は壁にもたれて立っていた。
ボブレイヤーの髪が風で揺れている。
いつの間に降り出してたのか、雨が路地を叩く音が夜の静寂を一層際立たせる。
春の天気って本当に変わりやすいよね。
雨が降ると花粉がおさまって過ごしやすくなるからいいんだけどさ。

でもこうやってあらためて見ると美紀って美人だ。いや美人になった。
特にあの大きな瞳がいい。知性的な光がある。
マスカラのボリューム感とアイラインの具合も俺好みだ。
でも一番素敵なのは、その引き締まったタイトスカートの描くライン。
最高です。


正直‥‥そのお尻、触ってみたい‥‥


いやいや、触るなんて滅相もない。ただ指先でその弾力を確認するだけでいいんです。
つんつん程度でいいんです、神様。

「つついちゃえよ」って右手の悪魔くんが囁きます。
でも、そんなことをしたらセクハラですよ。痴漢行為ですよ。女子高生にお金巻き上げられますよ。
「いっそ揉んじゃえばいいんじゃね?」って左手の天使くんが囁きます。
ですよね。触るならむしろ堂々と触った方が男らしいってもんですよね、わかります。
そう、人はこうして痴漢になっていくんです‥‥たぶん
あ、俺は実際やったことないです。本当です。信じてください。
思考のトレースをする癖があるだけなんです。
ただ、どれくらいそのお尻のラインが素晴らしいか皆様に伝えたかっただけなのです。
でも難しいですよね。
「キスしてもいい?って訊いてくる男ってサイテー」という声も昔からあるし、
「しようって直接言ってくれた方がいいかもぉ」って女性読者の声も高校生の頃ポパイ恋愛マニュアルで読みました。
最近の若い男の子たちはどうしてるんだろ?
まーあまり興味ないですが‥‥

その時だ。ヒール音がコツーンっと響いた。
我に返る俺。
監視対象が動いたのだ。
ターゲットは、おもむろにヴィトンから携帯を出すとじっと見つめている。
そして俺にも静かな緊張が走る。
動くのか?ついに動くのか?

俺は息を殺し、そのままターゲットの監視を続ける。
もしかしたら立ち去るのかもしれない。
ターゲットがネガティブになった瞬間、間髪いれず俺は美鈴ちゃんの待つ「シャイナ」に突入する予定だ。
「CTUの援護は期待できない。フロッグ、気をつけて」
了解、クロエ―――

再び動き出すターゲット。
意を決したように携帯を開くと耳にあてる。
同時に玄関ロビーに聴きなれた切ないイントロが流れだす。

あれ?―――
これラピュタのテーマですよね―――

―――あの地平線 輝くのは どこかに君をかくしているから〜♪

つうか俺の着うたですよね―――

ゆっくり顔をこっちに向ける美紀。
目が合う。
俺が慌ててポケットから携帯を取り出すと、より一層メロディーがロビーに反響する。

―――父さんがくれたアツイオモイ〜母さんがくれたあのまなざし〜♪

俺は観念して両手を上げながら物陰からでた。
美紀の目が笑っている。
「フロッグ、聞こえる?フロッグ、応答して」
脳内クロエの悲鳴にも似た声も、もう俺には届かない。
やはりダンボールをかぶっていなかったのがまずかったのか‥‥
俺は心の中で滅びの呪文を唱えると携帯の通話ボタンを押したんだ。





つづく
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| 『episode1:レースクイーンに花束を』 | 13:05 | comments(0) | - | pookmark |

『エピソード1:レースクイーンに花束を』第7話

バツイチ37(batsu-ichi thirty-seven)
『エピソード1:レースクイーンに花束を』
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。



ガチャッ
「もしもし」
「もしもしじゃないですよ。そんなとこで何やってるんですかぁ」
ちょっと小首をかしげ美紀がこっちを軽くにらんでいる。
5メートルの距離で携帯で話す二人。
静かなロビーに二人の声だけが反響する。

これは極めて危険な状況だ。もし知り合いにでも見られたら、竹ちゃんみたいな誤解を招くこと間違いない。
「内田さん、とうとう美紀ちゃんに手をつけちゃってさ」
「あの人も懲りないよね、前の奥さんもそうだったでしょ」
なんて、俺があたかも手近な女で満足しちゃうちっちゃい男のように噂されてしまう。
しかしこの状況、正直に自分がしていた行為を自白するわけにもいかない。

「いやいや、そっちこそ何してるのさ?」
俺は平静を装いながら美紀の質問に質問で返した。
やくざの交渉術の基本、それは同じ言葉を返す「言の葉返し」にある。
「あん?どこ見てんじゃ、われえ?」
「そっちこそどこ見てんじゃ、ぼけえ」
質問に質問で返す。困ったときには実に有効です、はい。

美紀は素直な目線で俺を見ながら口をとがらせた。
「内田さんのこと待ってたんですよぉ」
そう言って視線をはずす。

「え?」
ちょっとちょっと。
その視線はずし、意味深すぎるじゃないですか。
そんなテクどこで覚えたのよ。

「嘘です」

ですよね‥‥‥
ちょっとドキドキして損しました‥‥‥

「ホントは今日誕生日で‥」
うんうん、知ってる。さっき竹ちゃんから聞いた。
「友達が祝ってくれるって言ってたんだけど‥」
「うんうん」
「なんか用事できちゃったみたいでぇ‥‥」
「そりゃ寂しいねー」
適当に相槌を返す俺。
携帯を下げてコクリと頷く美紀。
笑顔の消えた視線が俺に戻り何かを訴えかけてくる。

でもそこにいる4月5日生まれの牡羊座のあなた。
今日のあなたの運勢は目覚ましテレビで3位でしたよ。
確か金運★5つでした。
今日という日はまだ2時間半あります。
諦めたらそこでゲームセットですよ。
自分の未来は自分で切り開きましょう。危ぶむなかれ、行けばわかるさ。

「だから内田さんとイタリアン行きたいなってぇ」
とびきりの笑顔を見せて美紀は言った。

坂本くん‥‥狙いはタダ飯ですか、そうですか
っていうか、どうしてそう論理が飛躍するかな?
君はいま何言ってるか自分で理解してる?
ワタクシはこれからデッカイ花束を抱えて美鈴ちゃんに会いにいくのですよ。
そしてバラを一本一本谷間に活ける作業に戻らないといけないのです。
だから急にそんな甘えた目で見つめられても‥‥困るのです。
しかも、何気に上から目線じゃないですか。

「ダメですかぁ?」
「うーん、ダメじゃないどさー」
「じゃぁ、いいんですね?」
「いやいやー、もうこんな時間だしさー」
「‥‥‥」
「予約なしじゃ良い店無理だしさー」
「‥‥‥」
「せっかくの誕生日祝いなんだから良い店の方がいいじゃん」
「‥‥‥」
「だからまた今度にしようよ」
完璧な答弁。善処します的先延ばし論法。
どう見てもチェックメイトです。美紀女流名人、対局お疲れ様でした。
二人の間に広がる沈黙がこの対局の激しさを物語っていた。
負けるとは心が折れることを意味する。
心が折れない限り、腕を折られようとハイキックで意識を飛ばされようとそれは負けではない。
俺はそう夢枕獏の『飢狼伝』から学んだんだ。
あの覗き見発覚という絶対的不利な状況からの奇跡の逆転劇。
残された余力で俺は更なる強敵のもとに向かわねばならない。
そう、美鈴ちゃんの谷間が待つ「シャイナ」へ。

そしてその時、勝利の感触を楽しむ俺は気付かなかった。
目の前の美紀の目もまだ負けを認めた目でない事に‥‥






つづく
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| 『episode1:レースクイーンに花束を』 | 03:10 | comments(1) | - | pookmark |

『エピソード1:レースクイーンに花束を』第8話

バツイチ37(batsu-ichi thirty-seven)
『エピソード1:レースクイーンに花束を』
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。



「大丈夫!予約はもう入ってますっ」
美紀は元気にこう言うと俺の右手をとって俺のシーマスターを覗きこんだ。
「もう9時半過ぎちゃってますよ、内田さん。急がないとキャンセルフィー払わなきゃですよぉ」
俺の袖を引っ張って美紀が言う。
ええ?なんか俺がそれ払わなといけないみたいなニュアンスじゃないですか‥
つうか、俺‥勝ってたはずじゃなかった?
気分的にはすでにテンパイ煙草吹かしてたよね?
あれ?あれれ?

じっと見つめてくる美紀。目がキラキラ輝いている。
お前はご飯を前にしてお座りしてる飼い犬か?
君に一つ教えておこう。
人と獣の大きな違いは自己の欲求の制御の有無だという。いわゆる自制心て奴だ。
仏教だと一日一食が仏さま。人間は一日二食。ケダモノは一日三食だという。
「わぁ、こんなとこにチョコ発見っ」
って言いながら間食もしていたお前は人間なのか?ケダモノなのか?それとも最早ケダモノ以下なのか?
「ケダモノよっ」
心の中のシータが叫ぶ。

「ちなみにそのキャンセルフィーっておいくらなんでしょ?」
「二人で3万円ですぅ」
心なしか美紀の声が弾んで聞こえる。
「だって誕生日だもんっ」

3万て‥‥それ俺が今夜「シャイナ」で使用予定の予算じゃないですか。
いうなればソレは美鈴ちゃんの谷間の向こうに広がる世界に飛ぶための大事な飛行石。
おまえの狙いはそれだったか、ムスカ‥‥
心の中で徐々に遠ざかっていく美鈴ちゃんが両手を広げて俺に助けを求める。
「パズぅぅううううううううううううう」
「シータぁぁああああああああああああ」

しかし、確かに美紀に払ってる給料からこの金額を出させるのは忍びない。
しがない演出事務所の薄給に文句も言わずこうやって休日出勤してくれてるし‥
ぐーたらな俺の仕事の世話をしてくれて内心はずっと大変感謝してる。
この際しょうがない‥
父さん‥天空の城に行くには僕の飛行船はまだ力不足だったみたいだよ。
観念した俺は心の中で引き裂かれるシータとパズーの苦しみを味わいながらムスカに言ったんだ。
「じゃー、イタ飯行っちゃいますか?」
「はいっ」

とほほ‥‥

オンボロ雑居ビルを出るとまだ小雨が降っている。
美紀が立ち止まり傘を開くのを俺は横で待った。
「内田さん、傘は?」
「あー降ると思ってなかったからね。まーこんくらいの雨なら平気でしょ」
「しょうがないなっ。わたしの傘に一緒にはいりましょっ」
そう言うと美紀は俺に自分の傘を渡してきた。
俺は傘を受け取ると美紀の方にかざす。
雨にぬれないように身体を寄せてくる美紀。
その微妙な感触と香水の匂いが俺の五感に攻め込んでくる。

この感じ、ちょっとやばいです‥‥

正直予想以上です。
男ヤモメ歴3年の俺にはちょっとリアルなこの感じがやばいです。
ムスカだと思ってたのに、いきなりシータに早変わりしたようです。
あーっ
思わず無言でこの感覚をあじわいたくなる。
でも無言ではなんか気まずい。
だって職場の関係じゃん。
もう二度と手近な女には手を出さないって決めたじゃん。

とりあえず‥
とりあえず何か話さないと‥
なに話せばいい?俺

「ところで、今日誰と行く予定だったの?」
「気になりますぅ?」
「いやいや、そういう訳じゃなくてさー」
「内田さんこそ女の子の店行かなくていいんですか?」
美紀がいたずらな目つきで俺を見上げる。
やばい。また年甲斐もなくドキドキしちゃいました、俺。
愛深き故に愛を捨てたこの俺が‥‥
またの名をバツイチ・キョニュー・スキ・ウチダの俺が‥‥

こうして見事な「言の葉返し」で完全に主導権を握られた俺は、いつの間にか美紀の大きな瞳に吸い込まれていた。
都市伝説だと信じていたアイアイ傘の中で。






つづく
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| 『episode1:レースクイーンに花束を』 | 08:04 | comments(1) | - | pookmark |

『エピソード1:レースクイーンに花束を』第9話

バツイチ37(batsu-ichi thirty-seven)
『エピソード1:レースクイーンに花束を』
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。



2時間後。
外に出ると雨はやんでいた。
俺と美紀はサバティーニを出ると青山通りを渋谷方面に並んで歩きはじめた。
土曜夜の繁華街ってなんかいいよね。
行きかう人の流れも車の列も一番リラックスしていて普段より少し華やいでるように見える。

「おいしかったですねぇ。さすがサバティーニ」
横で美紀が満足そうな顔で俺に同意を求める。
俺も軽くうなずいた。
その時、ポケットの中で携帯が震えた。
食事中も何回か鳴ってたけど、敢えて無視しちゃってたんだよね。
だって、楽しかったんだもん‥‥
ごめんね、美鈴ちゃん‥
俺はなにげなくポケットに手をつっこむとブルブル震えるマナーモードの携帯を握り締めた。

そんな俺の顔を覗き込む美紀。
「内田さん、どうかしましたぁ?」
「いやー、こうやって歩いてるとさ、俺たちもカップルに見えるのかなーって」
「そんなことないと思いますよ」

そんな即否定しなくても‥

「じゃぁわたしここでタクっちゃいます。ごちそうさまでしたぁ」
冷たい夜風になびく外苑前の桜の樹の下で美紀は右手を上げタクシーを止めた。

え?
ちょっと早くないですか?
アフター‥いや、カラオケくらい普通行かないかな?この展開だったら‥‥

そそくさと美紀がタクシーに乗り込む。
窓がゆっくり開く。
「明日11時に事務所で衣装メイク打ちなんで遅刻しないでくださいね」
しっかりもの気取った美紀が窓から顔を出す。
「はーい」
俺の返事ももうなげやりだ。
「だからぁ、夜遊びしないで帰ってくださいねっ」
「はーい」
「もぅっ、内田さんもいい年なんだから「はい」は伸ばさない方がいいと思いますよ」
「はーい」
呆れて笑う美紀。
「じゃぁ、おやすみなさーい」
顔もだけど性格もあっさりしてるのね、あなた‥

信号が赤から青に変わる。
美紀の笑顔の余韻を残して遠ざかるタクシーのテールランプが雑踏に消えいく。
ぼんやりとそれを見送る俺の頭の中で「アフターの虎」がはじまる。
吉田栄作が残念そうな顔で俺を見ている。
「ノーアフターでフィニッシュです。本当にありがとうござました。」
いやいや、こちらこそどうもありがとうございました。
いい夢みさせてもらいましたよ。もう一回ビジネスモデルを練り直してきます。
それにしても今日は疲れた。
色んな刺激がありすぎて俺の脳内細胞の活動がこれ以上ついてこれそうもない。
その時、手に握ったままだった携帯がまたブルった。
美紀かな?それとも美鈴ちゃんかな?
俺はじっとり汗ばんだ携帯を取り出すと着信履歴を確認した。

不在着信 8件
新着Eメール 1件

全て美鈴ちゃんからだ‥
こええー。間違いなく怒ってるよ、これ。
俺はおそるおそるメールを開く。


―――1時までにきてくれたらアフターいけるよ(ハート


燦然と闇夜に輝くハートマーク。
それを見た瞬間、俺はタクシーに風のように飛び乗るとピリオドの彼方へ走り出していたんだ。



その後どうなったかって?
そんな野暮なこときくなよ、アミーゴ。
『三十路の恋はプラトニック』
それが「バツイチ37」の掟なんだ。
ただ翌日、事務所のテーブルに置き忘れたあのでっかい花束を美紀がみつけて、サプライズしてたって事だけ教えておく。
あ、もちろん彼女が来る前にバースデイカードを添えておいたよ。
その点ご心配なく。
じゃ、また会う日まで。アディオス!




【エピソード1:レースクイーンに花束を 完】




勝手にエンディングテーマ曲 ウルフルズ-笑えれば


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| 『episode1:レースクイーンに花束を』 | 08:56 | comments(1) | - | pookmark |

『エピソード2:ベリーダンスな二択』第1話

バツイチ37(batsu-ichi thirty-seven)
『エピソード2:ベリーダンスな二択』
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。



車窓から流れる景色を見ると
僕の記憶は時々鍵のかかった過去を彷徨う
もう鍵は捨てたはずなのに

君は僕をどこまで受け入れてくれるの?
君の愛情は本物かい?
もっともっと もっともっと
求めるものだけ膨らんでいき
いつのまにか、君を見失っていた事に気付く
そんな過去の事象の螺旋の中
窓際に立つ僕の目に映る君はもういない

そして
後悔もすこしはしてるよって
シナトラが隣でささやくんだ

--------------------------------------------------------------------------------

やーアミーゴ。元気だったかい?
俺の名前は内田直樹。通称「バツイチ37」と呼ばれるしがないCMディレクターだ。
そして今朝も「ゴミの分別が甘い」と注意されて衆人監視のもと袋を開け分別し直す作業をさせられた、ちょっとチャーミングな37歳。
で、俺がいま何をしてるかというと‥
とある時計メーカーへの自主プレ用ビジュアルコンテ(Vコン)を事務所のマックで編集中なのである。

ここ数年、CM業界じゃ
「画コンテだけじゃ出来上がりの想像がつかなーい」
「映像がないと上を説得できないからイヤイヤー」
なんて小学生みたいに駄々をこねるクライアント向けに30秒程度の簡易的なイメージ映像を作るのが半ば当たり前になっている。
画コンテに合う映像をツタヤで借りてきた映画やドラマ、海外のCFやPVのサンプルから探し出して組み合わせて構成していく感じ。
それにナレーションや音楽つけて一応CMっぽくするって訳。
もちろんこのご時世、かつてデフレの波に飲み込まれた広告業界も予算削減されたままなので、いわゆるサービスってやつだ。
そのサービスの中でも自主プレは更にキング・オブ・サービス。
プレをお買い上げして貰えなければ一切の金銭的報酬のない過酷な作業だ。
まーそんな楽しい仕事を広告代理店パサツーのトシちゃんが持ってきてくれたのである。

でもここだけの話、これが日本の映像業界のパクリマンセー傾向を助長してるのもまた事実。
「え?プレの時と違うじゃない」ってお得意に言われるの怖いからね。

まーそんな話は置いておいて現状を説明すると、パーテーションの向こうでは編集中の俺を放置してトシちゃんと美紀がヒソヒソ話し込んでいる。
編集作業の時ってある程度完成するまで演出家以外ひまなんです。
途中で口だしされると作業効率落ちるからね。
だから二人みたくだべるか、雑誌や漫画読むか、寝ちゃうかって感じの人が多い。

そして俺もちょっと編集に飽きてきたので一服しながらその会話に聞き耳を立てたんだ。
どうやら俺のことを話しているらしい。
「ウッチーはさ、きっと結婚恐怖症ってやつなんだよ」
「へぇ、そんなのあるんですかぁ」
「うんうん、俺も再婚したかみさんと出逢うまではそうだったから良くわかるんだよね」
トシちゃんとの付き合いは長い。もう「ウッチー」「トシちゃん」の関係になってかれこれ10年。
そして、しがない演出稼業の俺にこうやって細かい仕事でも持ってきてくれる大事な兄貴分だ。離婚経験の先達でもある。
それにしても結婚恐怖症って俺も初耳だな。
新手の鬱みたいなもん?

「わかりやすく言うと中山美穂と結婚する前のエコーズ時代の辻仁成って感じかな」
甲高い声で話を続けるトシちゃん。さすが自称天才コピーライターだけあって実にわかりやすい。
「ふむふむ」
理解不能だけどとりあえず相槌うっとっけって感じの美紀の声も漏れてくる。
そんなのお構いなしに語るトシちゃん。
「僕のナイーブなこのハートはいつも孤独っ、みたいなね」
「ふむふむ」
「僕を理解してくれる人はもうこの世にはいない的なね」
「ふむふむ」
「そんな感じなのよ」
「自分を悲劇のヒロイン化しちゃうんですねっ」
「そそ。だからレースクイーンパブなんかに通ってるわけよ。昔の俺みたく」
「なるほどぉ」
なるほどぉって‥坂本くん、全然納得してない感じがモロバレなんですが‥‥
でも、このトシちゃんの分析。全くの的外れじゃないんだよね。
元嫁がいなくなって3年、心にぽっかり開いた穴からずっと大事な何かが流れ出しててさ。
すくってもすくってもソレはこぼれ落ちちゃって、自分という存在が心の中でしぼんでいくんだな。
だから俺はその大事な何かを取り戻すために夜な夜な美鈴ちゃんの「シャイナ」に通ってるわけで‥‥

「でさ、美紀ちゃん、ちょっとこれ見て」
「‥‥」
「どう?」
「どうって言われてもぉ‥」
二人の会話が止まり、事務所の中の有線だけが耳にはいってくる。

え?二人でなに見てるの?気になって作業が止まってしまうんですが‥

「彼女、友達でプロのベリーダンサーなんだけどさ」
「‥‥」
「もうすぐ30なんだけど、まだ独身なんだよね」
お!もしかしてトシちゃん!
「でさ、誰かいい人いないですか?ってこないだ訊かれたんだけど」
「‥‥」
「ウッチーの好みじゃないかな?」
その配慮、お見事です!
兄貴、
毎度毎度ありがとうございます!
お金が払えない仕事でもきっちり報酬を用意するあたりが憎いね、トシちゃん。
つうか、そんな隠し玉まだもってたの?

「うーん、内田さんの好みじゃないと思うけどなぁ‥」
即答する美紀。
ちょっとちょっと、坂本くん!そこで勝手に判断しない!
人様のご厚意はまずありがたく受け取るのが筋ってもんですよ。

「でも、彼女巨乳よ」
「ですねぇ‥確かにセクシーではありますねぇ」

えええ!?
セクシー巨乳ダンサーですか!?
トシちゃん、マジそれ見たいんですけど‥‥いますぐ‥
つうか、もうokでも‥‥






つづく
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| 『episode2:ベリーダンスな二択』 | 11:45 | comments(1) | - | pookmark |

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