2008.05.18 Sunday
『エピソード3:わがままな涙とアップルパイ』第1話
バツイチ37(batsu-ichi thirty-seven)
『エピソード3:わがままな涙とアップルパイ』
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
1
ニ年前の今日
君の横で僕は判を押した
ニ年前の今日
判を押した僕に君がキスをした
僕にはそのキスの意味がわからなかった
ただ僕の知っている君が笑っていたから 君の知っている僕も笑った
ただそれだけの時間
空っぽの僕がいた
空っぽの俺がいる
--------------------------------------------------------------------------------
天井を見上げてベッドに寝転んだ。
世間はゴールデンウィークとやらで浮かれているが、俺は家の大掃除の真っ最中だ。
小学生の頃はテストの前日になるとなんか無性に掃除したくなって、失くして見つからなかった消しゴムの欠片を見つけたりしたものだが、今回の大掃除は消しゴムどころじゃなく、失くして二度と戻らないモノと見つめあう結果となった。
そう、元嫁の残していった品々。
それが掃除をしている俺の心を徐々に蝕んでいき、いっこうにはかどらない。
柴門ふみの漫画。料理の本。3日で止めた家計簿。彼女が好きだったCD。エプロン。
二人で買いに行った服。きれいにたたまれたままの下着。靴下。ミュール。ブーツ。
はっきりいって、どれをどうしていいのか全くわからない。
捨てるしかないのはわかっているのだが、いざ捨てようとすると躊躇う俺がいる。
俺はまだ完全に吹っ切れてはいないみたいだ。
改めてそう思う。
洋服は孤児院に送る事にした。
昔、まだ彼女がいた頃、二人で着なくなった服を孤児院に送って非常に喜ばれた記憶があったからだ。
縮んだTシャツからスーツまで、孤児院の子たちはすごく喜んでくれたって手紙が来たんだっけ。
止まった時間に染まったそれらの服が、彼ら彼女らの手によってまた動き出すならばそれはそれで素晴らしい。
自己満だろうが俺はそう思った。
何してるかな?
恋しくて目を閉じる。
もうあの頃の二人はぼんやりとして見えない。
ただ切ない想いの残音だけ心に反響する。
二人でよく子供の名前を話してた。
子供ができたらなんて名前にするかって。
すごく幸せな時間だった。
未来を見据えた夢のある時間だった。
「私には憧れがある。それはアップルパイを作ること」
あの時、彼女は嬉しそうにやいばを見せてそう言うと笑った。
なんで?
俺が理由を訊くと彼女はこう答えた。
「家族の誰かが元気をなくしたり嫌なことがあったら、アップルパイを焼く。そして、皆で食べる。絶対元気になるはず」
「うんうん」
「そして、子供たちは大人になって思い出すの。アップルパイは、涙と笑顔の味って」
「いいなあ」
「いいよね。ほんとは作ったことないんだけど」
それを聞いて俺は笑った。
「簡単においしく作れる方法が知りたいな」
彼女も笑った。
閉じた目から涙がこぼれた。
涙の味しかしない液体が口に流れ込む。
時間も想いも二度と元には戻らない。
その時、携帯が鳴った。
滲んだ液晶に美紀の文字。
電話をとると美紀の元気な声が飛び込んできた。
「もしもし」
「もしもし、内田さんひどいじゃないですかぁ」
「え?」
「一昨日メール送ったのにぃ。返信ずっと待ってたんですよ」
「あ、ごめんごめん。企画とか掃除とか色々やっててさ」
俺は泣いてたのがばれないように涙をぬぐうとわざと元気な振りをした。
「掃除、終わりました?」
「まーまーかな。そっちこそ風邪もう治ったの?」
「少しは心配してくれてたんですか?」
「まーそりゃね」
「うそつきぃ」
「うそつきって、ひどいなー。で、何の用?」
俺は笑って言った。
空っぽの心にいつの間にか笑いが満たされていく。
過去の音が消え、今の音が聞こえてくる。
「今ですね、桜新町の駅の階段上がったとこにいるんですけどぉ」
「えっ?」
「内田さんの家わかんないから迎えに来てくださいっ」
「えっ?」
「え?じゃないですよ。早く迎えに来てくださいね、10分で」
そう言うと美紀は電話を切った。
つづく
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『エピソード3:わがままな涙とアップルパイ』
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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ニ年前の今日
君の横で僕は判を押した
ニ年前の今日
判を押した僕に君がキスをした
僕にはそのキスの意味がわからなかった
ただ僕の知っている君が笑っていたから 君の知っている僕も笑った
ただそれだけの時間
空っぽの僕がいた
空っぽの俺がいる
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天井を見上げてベッドに寝転んだ。
世間はゴールデンウィークとやらで浮かれているが、俺は家の大掃除の真っ最中だ。
小学生の頃はテストの前日になるとなんか無性に掃除したくなって、失くして見つからなかった消しゴムの欠片を見つけたりしたものだが、今回の大掃除は消しゴムどころじゃなく、失くして二度と戻らないモノと見つめあう結果となった。
そう、元嫁の残していった品々。
それが掃除をしている俺の心を徐々に蝕んでいき、いっこうにはかどらない。
柴門ふみの漫画。料理の本。3日で止めた家計簿。彼女が好きだったCD。エプロン。
二人で買いに行った服。きれいにたたまれたままの下着。靴下。ミュール。ブーツ。
はっきりいって、どれをどうしていいのか全くわからない。
捨てるしかないのはわかっているのだが、いざ捨てようとすると躊躇う俺がいる。
俺はまだ完全に吹っ切れてはいないみたいだ。
改めてそう思う。
洋服は孤児院に送る事にした。
昔、まだ彼女がいた頃、二人で着なくなった服を孤児院に送って非常に喜ばれた記憶があったからだ。
縮んだTシャツからスーツまで、孤児院の子たちはすごく喜んでくれたって手紙が来たんだっけ。
止まった時間に染まったそれらの服が、彼ら彼女らの手によってまた動き出すならばそれはそれで素晴らしい。
自己満だろうが俺はそう思った。
何してるかな?
恋しくて目を閉じる。
もうあの頃の二人はぼんやりとして見えない。
ただ切ない想いの残音だけ心に反響する。
二人でよく子供の名前を話してた。
子供ができたらなんて名前にするかって。
すごく幸せな時間だった。
未来を見据えた夢のある時間だった。
「私には憧れがある。それはアップルパイを作ること」
あの時、彼女は嬉しそうにやいばを見せてそう言うと笑った。
なんで?
俺が理由を訊くと彼女はこう答えた。
「家族の誰かが元気をなくしたり嫌なことがあったら、アップルパイを焼く。そして、皆で食べる。絶対元気になるはず」
「うんうん」
「そして、子供たちは大人になって思い出すの。アップルパイは、涙と笑顔の味って」
「いいなあ」
「いいよね。ほんとは作ったことないんだけど」
それを聞いて俺は笑った。
「簡単においしく作れる方法が知りたいな」
彼女も笑った。
閉じた目から涙がこぼれた。
涙の味しかしない液体が口に流れ込む。
時間も想いも二度と元には戻らない。
その時、携帯が鳴った。
滲んだ液晶に美紀の文字。
電話をとると美紀の元気な声が飛び込んできた。
「もしもし」
「もしもし、内田さんひどいじゃないですかぁ」
「え?」
「一昨日メール送ったのにぃ。返信ずっと待ってたんですよ」
「あ、ごめんごめん。企画とか掃除とか色々やっててさ」
俺は泣いてたのがばれないように涙をぬぐうとわざと元気な振りをした。
「掃除、終わりました?」
「まーまーかな。そっちこそ風邪もう治ったの?」
「少しは心配してくれてたんですか?」
「まーそりゃね」
「うそつきぃ」
「うそつきって、ひどいなー。で、何の用?」
俺は笑って言った。
空っぽの心にいつの間にか笑いが満たされていく。
過去の音が消え、今の音が聞こえてくる。
「今ですね、桜新町の駅の階段上がったとこにいるんですけどぉ」
「えっ?」
「内田さんの家わかんないから迎えに来てくださいっ」
「えっ?」
「え?じゃないですよ。早く迎えに来てくださいね、10分で」
そう言うと美紀は電話を切った。
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